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[少年時代について] 裏口の扉が開くときのけたたましい軋み、弟のいびき、バネ仕掛けのネズミ捕りにかかった ネズミの断末魔の悲鳴。少年時代の私にとって、それが『サウンド』だった。 9歳の私と7歳の弟は、言われるままにネズミのフライを食べた。 祖母は料理が得意だった。だが他に食材がなかったため、ネズミが食卓に上ったのだ。 私は心から愛するもの、私を育んでくれるものをみつけていた。心の糧、それが音楽だった。 [レイ・チャールズについて] マディソン街の『エルクス・クラブ』に突然現れ、ピアノの弾き語りで客の度肝を抜いた 盲目の男にまつわる噂を耳にした。なんでもその男は、どこからともなくシアトルに 出現し、信じがたい演奏を繰り広げたということだった。 私は自分の耳で確かめようと、急いで店に出かけた。 彼は褐色の肌をした、ほっそりとした男で、噂通りのとてつもないパフォーマンスをみせた。 ピアノを弾きながらナット・キング・コールやチャールズ・ブラウンばりの歌を聴かせ、 アルト・サックスでビバップを吹けばチャーリー・パーカーを彷彿させた。 かと思えばピアノに戻ってバド・パウエルのようなソロを弾いた。 私は演奏が終わると彼に会い、自己紹介した。彼は、レイ・チャールズといった。 そして私たちは即座に意気投合した。私は14歳。レイは16歳だった。 レイは私の鑑だった。彼には私にはなかった深い理解力や認識があった。 「クインシー、どんな音楽にも独特のソウルがある。 スタイルなんかどうだっていいんだ。そのソウルを聴き取れ。」それがレイの哲学だった。 [レイ・チャールズの回想] 盲目の人間は人の心を読むことができる。 耳に聞こえる一言一言から、その人物の心が伝わってくる。 クインシーの口調にはやさしさが感じられた。彼は誠実だった。邪心というものが 一切なかった。頭が切れ、陽気な男だとも思った。人を傷つけたり、嘲笑ったりする ようなタイプではなかった。それに影響力があった。私たちはすぐに友達になった。 クインシーは素晴らしい集中力をもって、なんでもすぐに理解した。 一流のミュージシャンというものは、飛び切りの集中力と記憶力をもっているものだ。 だから音楽という言語を習得することができるんだ。とくにクインシーの記憶力は ずば抜けていた。私たちは長い間一緒に仕事をしてきたが、契約書を交わしたことはない。 レコードを出したときも映画音楽を書いたときも、とにかく契約書は一切なかった。 そういうことができるのは彼だけだ。 もちろん、わずかな金額でも私に入れば彼にも入る。彼とはそういう関係だ。 |
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